幸本紗奈 写真. 村橋貴博 デザイン. Baci, 2019. Limited edition of 700. Hardcover. 48pp. Size: 180×210mm.
幸本紗奈の写真集。
幸本の写真の特徴は、その制作過程にあります。気になる対象や感覚に対して反射的にシャッターを切って、多様なイメージを撮影した後、暗室でじっくりとネガフィルムを見直し、その時点で再び心惹かれるイメージだけを、時間をかけてプリントします。サイズ、色、濃度を決めて印画紙に焼き付け、それを薬液に通して定着させる。この工程を試行錯誤しながら、ひたすら繰り返すことで、撮影した物事やその時に感じた感覚と深く向き合っていくのです。数年前のネガを掘り起こしてイメージを拾い上げることもあれば、数ヶ月前に仕上げたプリントを、色とサイズを変えて再び、焼き直すこともあります。前進と後退を繰り返しているかのようなこの作業を、本人は「ゆっくりとしか物事を考えられないので」としつつも、「時間の流れを俯瞰するため」にしているのだと話します。
そうした過程から生まれる幸本の写真には、美しさの“予感”が漂っています。現代の社会が求める「明快なコンセプト」や「印象に残るイメージ」とは逆の、ぼんやりと、曖昧で、価値づけしづらい美しさです。ゆえに、観る者の視点は自由になり、一枚の写真のあらゆる場所に、自分にとっての美しさを見出せるのではないでしょうか。表紙にあるピントのはっきりとしない部屋の写真は、幸本の作品のそうした特性を分かりやすく伝える一枚でもあります。(Baciより)
*新刊です。